連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第五回 なぜ幼い娘は危難に動じなかったのか——知行合一という武家の躾
知行合一を重んじる武家のしつけ 祖母は七歳にも満たないころから中国の四書『中庸』『大学』『論語』『孟子』を与えられました。これらは武士の必読の書として与えられます。なかでも『論語』については特にくりかえし学びました。 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第四回 武士道は死ぬためのものか、生きるためのものか——「明治武士道」という視点
武士道は時代により、その現れ方が変わる 明治時代の日本は、文明開化の名のもと、富国強兵、殖産興業のスローガンを掲げ、西洋の大国と肩を並べようと懸命でした。けれど国の財政はひっ迫しており、庶民は貧しい暮らしを余儀なくされ […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第三回 「武士は食わねど高楊枝」の真意——誇りを守るやせ我慢
祖母の矜持二 空元気でも元気は元気。そのうち本当の元気が湧いてくる 祖母の生家は、維新後は帰農しました。「帰農」というこの言い方にはわけがあります。 武士といっても身分制度が成立するまでは、ふだんは田畑を耕す農民でし […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第二回 おなごがでたらめになれば、世の中がでたらめになる——武家の女性が担った「義」とは
祖母は、幕末に生まれた両親から、人としての道義を学びました。それは日常生活の中で、日々、実践を伴いながら、くり返し魂にすり込んでいくようにして習得されていきました。そしてやがては祖母という女性そのものをかたどっていったの […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第一回 武士道は男性だけのものではない——武士の娘だった祖母が遺した問い
武士道は、決して男性だけの美学ではありません。本稿では、激動の時代を生きた米沢藩士の娘である祖母の手記を入り口に、近代以前の日本女性たちが持っていた意外なほどの「自由」と、時代が移り変わるなかで彼女たちが見出した「内なる […]
【講座のご感想】和敬美学の会6期6回 土と炎と陶工の果実「陶器と陶磁器」
「和敬美学の会」第6期・第6回目を開催いたしました。 今回のテーマは『土と炎と陶工の果実「陶器と陶磁器」』です。第5回の民藝の内容を引き継いで、今回は陶器と陶磁器をクローズアップしました。特に瀬戸焼について詳しく採りあげ […]
7月:文月〜夏の熱気と早朝の涼をめでる。1200年続く祇園祭の祈りと、心身を癒やし浄化する「花のうてな」
本格的な夏を迎える7月(文月)。小暑から大暑へと季節が移り変わる中、日本各地では熱気あふれる夏祭りが幕を開け、早朝の池では清らかな蓮の花が静かに咲き誇ります。本記事では、1200年以上の歴史を持つ京都・祇園祭の奥深い起源 […]
【松本民藝家具と瀬戸焼】「時をためる暮らし」とあえて手をかける贅沢
毎日使う器が、人生の「時間」を豊かにしてくれるとしたら?約1年半ぶりに訪れた松本民藝家具のショールームで出会ったのは、使うほどに育つ瀬戸焼(瀬戸本業窯)のお皿でした。柳宗悦の言葉や、映画『人生フルーツ』の「ときをためる暮 […]
「私が我慢すればいい」を卒業する。日本の美徳と武士道に学ぶ、大人の生き方Q&A
「自分が無理をして我慢すれば、すべてが丸く収まる」――そうやって日々の生活や家庭、職場で、自分をすり減らしていませんか?私たちが「日本の伝統」だと思い込んでいる従順な女性像や男尊女卑の風潮は、実は近代のわずか150年ほど […]
「男尊女卑」は輸入モノだった!?古事記から読み解く、日本女性の本来の自由と強さ(女性フォーラムでの講演ご感想)
2026年2月28日、WFWP女性フォーラムにて「社会の元気は女性が掌っている」と題したオンライン講演を行いました。女性性の時代を迎え、あらためて考えたい私たち日本女性のあり方。その本当の自由さと強さについて、皆様から寄 […]
【講座のご感想】和敬美学の会6期5回『柳宗悦と民藝。「用の美」に見る無心の美徳』
「和敬美学の会」第6期・第5回目を開催いたしました。 今回のテーマは『柳宗悦と民藝。「用の美」に見る無心の美徳』。日々の暮らしに静かに寄り添う手仕事の美しさ、そしてそこにある「無心」という美徳について、皆様と深く味わうひ […]
【講座のご感想】和敬美学の会6期4回『一煎の幸福。日本茶を楽しむ』
4月のテーマは『一煎の幸福。日本茶を楽しむ』。お茶の歴史から美味しい淹れ方まで、日常のなかで最も身近な「お茶」という豊かな文化をひも解く時間となりました 。受講者の皆様からいただいた、お茶にまつわる素敵なお便りをご紹介い […]








