8月:葉月〜厳しい残暑に初秋の気配と夕風を感じる。ご先祖様と英霊に捧げる祈りと、亡き人の霊を慰める「盆踊り」
酷暑の中にも、微かな秋の気配が漂い始める葉月。お盆や終戦の日を迎える八月は、ご先祖様や国のために命を捧げた先人たちに深く思いを馳せる、特別な「祈りの月」でもあります。古き良き日本の風情ある夕涼みや、かつて小泉八雲をも魅了 […]
『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』
武士道は、決して男性だけの美学・哲学ではありません。女性には女性の矜持である「武家の女の道」がありました。12年前に出版され、長きにわたり多くの方に読み継がれてきたベストセラー『女子の武士道』。形を変えた乱世とも言える今 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第八回 常在戦場——書と茶の湯は、なぜ心を静めるのか
書や茶の湯は心を静めるため 急激な景気悪化に対応しきれない明治政府のもと、各地で労働運動や暴動が相次ぎました。なかでも明治四十年の足尾銅山での暴動は軍隊が出動して鎮圧したほど大きなものでした。言論弾圧もすさまじく、民衆 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第七回「武家の娘は泣いてはいけない」の本当の意味——泣いてよい涙とは
祖母の矜持四 自由と身勝手をはき違えてはなりませぬ 武家の躾を受けた者は、迷うことなどないのでしょうか。そのまま疑いもなく素直に、受け継がれてきた哲学や美学に基づいて生きていけるものでしょうか。 そうではありません。 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第六回 運命を受け容れるということ——左目を失った少女と「心眼」
祖母の矜持三 目に見えるものに振り回されぬよう心の目を開く 祖母が左目を失明したことは、本人はもちろん両親をも苦しめました。このままいけばいつ嫁いでもいいと思っていたのですから、よほどの落胆だったでしょう。十六歳で嫁ぐ […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第五回 なぜ幼い娘は危難に動じなかったのか——知行合一という武家の躾
知行合一を重んじる武家のしつけ 祖母は七歳にも満たないころから中国の四書『中庸』『大学』『論語』『孟子』を与えられました。これらは武士の必読の書として与えられます。なかでも『論語』については特にくりかえし学びました。 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第四回 武士道は死ぬためのものか、生きるためのものか——「明治武士道」という視点
武士道は時代により、その現れ方が変わる 明治時代の日本は、文明開化の名のもと、富国強兵、殖産興業のスローガンを掲げ、西洋の大国と肩を並べようと懸命でした。けれど国の財政はひっ迫しており、庶民は貧しい暮らしを余儀なくされ […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第三回 「武士は食わねど高楊枝」の真意——誇りを守るやせ我慢
祖母の矜持二 空元気でも元気は元気。そのうち本当の元気が湧いてくる 祖母の生家は、維新後は帰農しました。「帰農」というこの言い方にはわけがあります。 武士といっても身分制度が成立するまでは、ふだんは田畑を耕す農民でし […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第二回 おなごがでたらめになれば、世の中がでたらめになる——武家の女性が担った「義」とは
祖母は、幕末に生まれた両親から、人としての道義を学びました。それは日常生活の中で、日々、実践を伴いながら、くり返し魂にすり込んでいくようにして習得されていきました。そしてやがては祖母という女性そのものをかたどっていったの […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第一回 武士道は男性だけのものではない——武士の娘だった祖母が遺した問い
武士道は、決して男性だけの美学ではありません。本稿では、激動の時代を生きた米沢藩士の娘である祖母の手記を入り口に、近代以前の日本女性たちが持っていた意外なほどの「自由」と、時代が移り変わるなかで彼女たちが見出した「内なる […]
7月:文月〜夏の熱気と早朝の涼をめでる。1200年続く祇園祭の祈りと、心身を癒やし浄化する「花のうてな」
本格的な夏を迎える7月(文月)。小暑から大暑へと季節が移り変わる中、日本各地では熱気あふれる夏祭りが幕を開け、早朝の池では清らかな蓮の花が静かに咲き誇ります。本記事では、1200年以上の歴史を持つ京都・祇園祭の奥深い起源 […]
【松本民藝家具と瀬戸焼】「時をためる暮らし」とあえて手をかける贅沢
毎日使う器が、人生の「時間」を豊かにしてくれるとしたら?約1年半ぶりに訪れた松本民藝家具のショールームで出会ったのは、使うほどに育つ瀬戸焼(瀬戸本業窯)のお皿でした。柳宗悦の言葉や、映画『人生フルーツ』の「ときをためる暮 […]





