古来より神聖な植物とされてきた竹。お茶道具、花器、そして建築資材としても重要です。 「破竹の勢い」「竹を割ったような性格」など言葉にも残る竹の性質。 強靭でありながらしなやかな竹の文化から、日本人の精神的支柱を学びました。

青々として涼しげな竹林が光を受けて輝いている。魚住心がライカのタンバールレンズで撮影した。

便利さと引き換えになくしてしまったものは・・・

竹製品の講義もとても楽しかったです。
部屋の中を見回せば結構竹製品がありました。照明器具、簾、台所ではスプーン、爪楊枝、義父手作りの孫の手など。
昔はもっともっと竹製品に囲まれていたんだなーとなつかしさと共に、便利さと引き換えに風情をなくしてしまったことにあらためて気付かされました。
最後の先生の心を貯めるお話にもとても共感しました。勿論生活とのバランスがありますがその中でもこだわりも大切にしていきたいです。
次の講座も楽しみです。いつもありがとうございます。

大陸から渡ってきた竹があると知り驚きました

人は便利さを優先することで、大切なものを失ってきたと思います。その証拠が、竹製品に変わる丈夫で扱いやすいプラスチック類があふれています。日本の風情が失われてきました。取り戻していけると良いなと思います。

➀お家にある竹製品
扇子、ざる、箸、茶杓、かご、墨ばさみ、物差しがあります。ざるは湯出た野菜をのせたり、梅を干すときに使います。竹の皮(おむすび包んだり)貴重なのでもったいなくていつまで残しています(笑)庭がないので使いませんが、落ち葉集めするときの熊手や竹ぼうきもありました。

②印象に残ったこと 

竹は古来から日本に自生していたと思っていました。今回大陸から渡ってきたものがあると知りました。それほど竹が身近で昔からあると感じていたのだと思います。高山茶筅を聞いたことはありました。でも、奈良県生駒市がその産地だったとは知りませんでした。こんなに近くだったと驚きました。

竹そのものの印象は、表面がツルツルして節がある。夏のイメージでちょっと冷たい感じがするので、冬は寒そうです。しなやかでまっすぐな姿が強い意志を持っているようです。

昔の銭湯には竹で編まれた衣服入れがありました

竹製品が、想像以上に生活に存在していたことに少し驚きました。ですが、お話を最後まで聞いてみて、私が子供の頃から実家で使っていたものをじわじわ思い出しました。
銭湯に行くと竹で編まれた衣服入れもありました。
今手元にある竹製品は、30センチ物差し、こちらは現役です。二本のうち1本は、裏を見ると『二年三組 小堀陽人』と息子の幼い字があります。私の使ったものを息子が使っていたようです。もう1つは、多分裁縫の時に使っていたような気がします。
あと、鍋敷き、梅ざる、多用途ざるが二枚、茶筅、巻きす、コーヒースプーン、お菓子用フォーク、お茶用トング等がありました。
梅ざるは、少し壊れかけていますが、20代の頃に高尾山の帰り道に売られたものです。その頃は梅仕事もしたこと、なかったのになぜか心惹かれて。
大きいので、お店の方に紐を掛けてもらい、背負って電車で帰るときに、友人に大笑いされ帰宅したら、母にも大笑いされたたことを思い出しました。 

今は手入れの楽なプラスチックのものも溢れていて、私も色々持っていますが、今回のお話を聞いて、改めて竹製品を使ってみたいと思いました。二十年くらい前に、竹の茶漉しも使っていたのですがお手入れが行き届かなくて、カビさせてしまったことがありました。

お写真にあった花入が素敵で、気になります。日々使いながら、味わいが出てくるものと生活するって、とても豊かな暮らし方のように感じます。憧れます。
足元にある自然のありのままの姿に美を見出す文化の国の人であることを思い出して、そうありたいなと思いました。

茶の湯では竹製品が欠かせません。千利休は身近にあるものを見立てとして使うことにより、茶の湯を一般にも広めようとしたのかもしれません。

日本の文化と、その美意識は、私たちの暮らしの中に息づいています。和敬美学の会6期では、そんな身近な日本文化にスポットを当てました。
ぜひカリキュラムをのぞいてみてください。

和敬美学の会6期 日々の暮らしを慈しむ、日本文化の教養

2026年は、自分自身の「足元」を深く愛する一年へ。 情報が溢れ、価値観が目まぐるしく変わる時代だからこそ、 私たちはもう一度、自分たちの足元にある「日本の暮らし」…