祖母の矜持三 目に見えるものに振り回されぬよう心の目を開く

 祖母が左目を失明したことは、本人はもちろん両親をも苦しめました。このままいけばいつ嫁いでもいいと思っていたのですから、よほどの落胆だったでしょう。十六歳で嫁ぐことも珍しくなかった時代、親にしてみれば目前に迫った宝物が、突然、消えたようなものです。  けれど、もうどんなにしても目を取り戻すことはできないのです。それに、女の子に怪我をさせてはならないという祖母の判断に間違いはなかったのですから、怪我した目はむしろ勇気の証として受けとめることもできます。 「それなのに、そう思うそばから心がどうしようもなく沈んでのう。目の痛みは軽くなっても心のほうは深い沼に落ちていくようでしたよ」  母親が努めて明るく振る舞う様子も、祖母にとってはつらいのでした。いっそのこと泣いてくれたらどんなにいいか、と、心がねじれていくような感覚を抱いた瞬間さえあったほどです。 「そんなときに父が申したのですよ、お前は天から心眼を与えられたのだ、と。左目を失って生きていくという運命を与えられたということは、それぐらい心の強さを見込まれているのだろう。目に見えるものごとばかりで判断すると、人は迷ったり間違ってしまったりする。まっすぐに生きていくためには目に見えないものを心の目で見て判断せねばならぬ。お坊様も心眼を開くために修行なさる。セツ、おまえはそれをせずして心の目を半分だけ開くことができたのだ、っていいなさる。父がそう言えば母までもが、そうじゃ、心の目を開くためには片方見えぬぐらいがちょうどいい、などと申してな。そんなものだろうかと思いましたが、得心したように微笑んでいる父母を見ているうちに、重たく沈んでいた心がいつの間にか軽くなっていましたよ」  光を失った左目は不自由なばかりでなく見た目にも恐ろしげでした。それがどんな苦痛を祖母に強いるかは、火を見るよりも明らかでした。その運命を「天から認められた証拠」というのは、あまりに切なすぎます。  武士道は仏教や神道の教えが深く関わっています。特に鎌倉時代からは禅にいそしむ武士も少なくなくありませんでした。運命を受け容れ、そのなかでみずからを生かしていこうとする在り方は禅に通じています。そうして、現実世界に起きる事象からその意味をみずから読み解き、すべてを自分を磨き上げるものと位置づけるのです。  悪いことが生じると「なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか」と思ってしまいがちです。けれど、どんなことであろうと受け入れなければ対処することはできません。つまり受け容れさえすれば、処し方を考え行動することができるのです。運命を受け容れずにいるのはトンネルの前で右往左往しているようなもの。中へ入らねば、どう歩いたらいいかもわかりません。

心の目で見るということ

 祖母の両親は、祖母が一人でも生きて行ける道を模索し始めました。嫁ぐことが無理となれば、尼僧になるか女学校の教師になるなどして自分で自分を養っていかなければならないからです。  祖母もそのつもりで一心に勉学に励もうとしました。もともと負けず嫌いなところもあったのでしょう、片目でものを見る不自由さも口にはしませんでした。  とはいえ、机に向かえば字がゆがんで書の稽古も満足にできません。残された右目ばかりを酷使するため視力が急激に落ち、大好きな読書も目をこすりながら行うのでした。  何より祖母は鏡を見なくなりました。  十二歳ともなれば年頃です。女性としておしゃれに関心があるのは今も昔も同じこと。自分の顔や髪型が気になって、つい鏡を覗き込んでしまうのが普通でしょう。祖母は膜が張ったように白く濁った目をしている自分の顔を見るのがつらかったのです。  娘の様子に気づいた母親は、あるとき静かに諭しました。  「鏡に向かってごらんなさい。おなごは毎日よくよく鏡を見て、おのれの心に陰が射していないか注意しなければならぬのです。その左目が醜いと思うのであれば、なぜ醜いのか考えながら見つめてごらんなされ。それはほかならぬ、おまえの心が醜いと決めつけているからではないのかえ。私には醜くは見えませぬ。おのれより先に幼い子どもを守ったという、おまえの清く正しい心がそこに見えるから、醜くは見えぬのです」  運命を受け入れる難しさを祖母が知ったのは、この時だったかもしれません。ただ、「清く正しい心が見える」といってくれた母親のありがたさだけは、しみじみと伝わってくるのでした。 「心で見るというのは難しいもので、それからは清く正しい心が見えぬものかとことあるごとに鏡を覗き込んだけれど、なかなか見えるようにならなかったねえ。でも、自分の新しい左目に、それですっかり慣れましたよ」と祖母は笑いながらそのころを振り返りました。  その後、十九歳で義眼を得るまで、祖母は怪我の痕の残る目で過ごしました。事情を知らない子どもなどから、ときに心ない言葉を投げかけられることもあったということです。 「悔しい思いはしましたけどね、母のおかげでこの悔しささえもおのれ自身なのだと思うことができるようになりましてな。そうすると、不思議と悔しいと感じる心をおのれの力で打ち消すことができるようになる。なるほど怒りも悲しみも自分しだいでどうにかなるものなのかも知れぬと思ったものですよ」  重たい荷物は腕だけで持ち上げようとするとなかなか持ち上がりません。体にぴったりつけるようにして持っていると、ずいぶん楽になります。  人生の重荷も「これもわが身の重さ」と受けとめれば、苦労も当たり前と受けとめることができるのかもしれません。