時代の転換期には女性が立ち上がる。

2025年に日本初の女性総理・高市早苗首相が誕生して以来、「女性リーダーのあり方」に注目が集まっています。
物怖じしない明るい笑顔、批判を柔軟に受け止めつつ信念を貫く凜とした姿。
それは、私から見ると、連綿と続いてきた「武家の女性(サムライ・ウーマン)」たちの魂が現代に蘇ったかのようにも映ります。
実は、日本では大きな時代の転換期には女性が立ち上がってきたのです。
今回は、時代を変革してきた「武家の女性」の系譜から、鎌倉時代の北条政子と、幕末に銃を持って戦った新島八重をご紹介いたします。

鎌倉の尼将軍・北条政子

伊豆・韮山にある北条政子と源頼朝の夫婦像。逆境を共に乗り越え、武家政権の礎を築いた二人が、未来(歴史の夜明け)を見つめるシルエット。
伊豆・韮山にある北条政子と源頼朝の夫婦像。逆境を共に乗り越え、武家政権の礎を築いた二人が、未来(歴史の夜明け)を見つめているよう。二人の視線の先には富士山がある。

日本初の武家政権が誕生した鎌倉時代。
鎌倉幕府を樹立したのは源頼朝ですが、もし北条政子が妻となっていなかったら、その悲願は叶えられたのかどうかわかりません。
それほど政子の存在は絶大です。
政子はただ黙っているだけの妻ではありませんでした。
幕府として重要な話し合いをする際には、頼朝の隣には常に政子の姿があったと伝わります。
しかも、頼朝が「可」と言っても、政子「否」と言えば、政子の意見が通りました。
まだ頼朝が存命だった時から、最終決断をしたのは政子だったのです。
政子は頼朝亡き後には、さらに重要な幕府の重鎮となっていきます。
ここで、天の采配としか思えない重大事件が勃発します。「承久の乱」です。
政子の弟で第二代執権の北条義時を「打て」という朝廷を前に、武士達がひるむのも無理はありません。
戦うか、それとも義時を差し出し恭順の姿勢を取るか・・・
断固戦う決意をし、動揺する武士達を喝破したのは、政子でした。

「故右大将軍(頼朝)の恩は、山よりも高く、海よりも深い。この御恩に答えるのは、今をおいて他にない。共に戦うものは残りなさい。そうでない者は、すぐさま個々を去るがよい!」

歴史に残る政子の名演説です。政子の言葉に、頼朝と苦労を共にしてきた武士たちは嗚咽し、そして、立ち上がったのです。
彼女は、武士たちの「情(心)」に訴えかけ、奮い立たせたのです。
ただ強いだけでなく、人の心の機微を知り、冷静に、かつ速やかに行動する。その資質は、現代のリーダーにも通じるものです。

幕末のハンサム・ウーマン、新島八重

時は流れ、幕末動乱の時代。
会津戦争で男装のうえスペンサー銃を手に戦った武士の娘がいました。
後の世で「幕末のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれた新島八重もまた、強烈な「武士道の体現者」です。

新島八重がスペンサー銃を手に戦った会津若松城(鶴ヶ城)。幕末の激戦を見守り、武士道の精神を今に伝える白亜の天守閣。
新島八重がスペンサー銃を手に戦った会津若松城(鶴ヶ城)。幕末の激戦を見守り、武士道の精神を今に伝える

八重を妻として迎えた新島襄(京都・同志社大学の創始者)は「彼女はハンサム・ウーマンだ」と表現しました。
それは容姿のことではなく、「決して自分を見失わず、己の生き方を貫く、凛とした精神」への賛辞だったのです。実際、八重は明治の世になっても、何事にも屈することなく自らの信じるところを貫きました。彼女の一生は「愛と戦いの生涯」とさえ言えます。
その真骨頂は、むしろ銃を置いた後の彼女の姿に表わされています。
八重は晩年、茶道裏千家に入門し、荒廃した茶道の復興に尽力しました。
また、篤志看護婦として負傷者を癒やす道を選んだのです。

戦うための「武」から、人を愛し、場を整える「美」へ。
彼女の人生は、武士道が決して殺伐としたものではなく、「愛(慈悲)」と「美徳」に満ちたものであることを教えてくれます。

(美しい心、徳をもって、あなた自身を飾りなさい)

これは、晩年の八重が女学生たちへ贈った言葉です。

現代に生きる私たちが「軸」とするもの

時代は違えど、変革の時には必ず、確固たる「軸」を持った女性がいました。

北条政子の決断力。
新島八重の自律心と慈愛。
そして、現代の女性リーダーたちが背負う覚悟。

これらはすべて一本の線で繋がっています。
「女子の武士道」は、古くさい教えではなく、 現代を生きる私たちが迷い多き時代の中で、自分らしく、美しく、そして強く生きるための「羅針盤」なのです。


The Legacy of "Samurai Women": Hojo Masako, Niijima Yae, and Modern Leadership

Japan has a long history of strong women who shaped the nation. We call them "Samurai Women."

With the rise of Japan's first female Prime Minister, Sanae Takaichi, the world is once again paying attention to female leadership. However, this spirit of resilience and grace has existed for centuries.

From Masako Hojo, the "Nun Shogun" of the Kamakura period, to Yae Niijima, the "Handsome Woman" of the Meiji era, these women lived by the true essence of Bushido. They taught us that true strength lies in compassion and dignity.

In this article, Mariko Ishikawa explores the lineage of these Samurai Women and how their philosophy of "Love and Aesthetics" remains a guiding light for us today.


▼ この「強く美しい精神」の原点を、より深く知りたい方へ 「武士道とは愛することと見つけたり(私の武士道観)」

「武士道とは愛することと見つけたり」――800年の時を経て、武士道は「日本美」へと昇華する

武士の娘だった祖母から教えられた生き方・あり方 「武士道」という言葉を聞いて、どのようなイメージを抱かれるでしょうか。多くの方は「戦うための原理」あるいは「いか…

▼ 新島八重の生き方については、著書でも詳しく解説しています

『新島八重 武家の女はまつげを濡らさない』

PHP研究所 1400円+税 会津武家女性の教えに、例え何があろうと涙は見せぬ、「まつげを濡らさない」がある。それは、何事にも挫けることなく己の信念を貫いた武家…