AI(人工知能)が急速に進化し、「AIに仕事を奪われるのではないか」という不安の声が聞かれる現代。しかし、AIが私たちに突きつけている真の問いは、「人間とは何か」という根源的なテーマです。本コラムでは、数学者・岡潔の説く「情緒」や、日本古来の「武士道」、そして「不完全の美」をキーワードに、AI時代だからこそ輝く「人間らしさ」と「真の豊かさ」について深掘りします。
In an era where Artificial Intelligence (AI) is rapidly evolving, many fear that their jobs will be replaced. However, the true question AI poses to us is a fundamental one: "What does it mean to be human?" This column explores the essence of "human power" and true wealth that shines precisely in the AI era, focusing on the concepts of "emotion" advocated by mathematician Kiyoshi Oka, traditional Japanese "Bushido," and the "beauty of imperfection."

AIが突きつける根源的問い。「仕事を奪われる」不安の先にあるもの

AIが急速に進化する今、多くの人が「仕事を奪われる」と恐れています。しかし本当の問いは、そこではないと私は考えます。もっと深いもの。
「人間とは何か」という、より根本的な問いを、AIは私たちに突きつけているのです。

数学者・岡潔の警鐘。それは人間の「ロボット化」への危機感だった

数学者の岡潔博士が、しきりに「情緒」について語っていたのは、日本が戦後の焼け野原から立ち上がり、やがて経済成長の坂を駆け上がり始めた頃。おおむね1950年代頃からです。
「近ごろ科学振興などといいますが、情緒を取り去ってしまったら何もできないのです」と、数学の研究にも情緒が必要不可欠であることを述べていましたし、教育にも情緒を育むような要素がなければならないと繰り返し述べていました。(参考:『春宵十話』『紫の火花』いずれも角川ソフィア文庫)
日本は明治の御一新で西洋の文物を取り入れ、西洋式の教育法を学校制度と共に取り入れていきました。当然、日本独自の「寺子屋教育」は古いものと位置づけられたのです。
そして戦後。経済至上主義ともいえる時代が色濃くなっていくなかで、ノウハウとマニュアルをこなすことが「優秀さ」の定義とさえなっていったのです。
それは学校教育で「求められている回答をどれだけ正確に答えられるか」の延長にあります。クイズに素早く、正しく答える能力です。
これが何をもたらしたのでしょうか。
人間のロボット化です。
言葉がきついかもしれませんが、当たらずとも遠からずだと思うのです。
そして、その能力がそこまで高くない場合、まるで「規格外」のような扱いになってしまいます。
「繊細で感じやすく、学校や会社に馴染んでいけない」という人が近年急増し、「発達障害」と診断されるケースも、心を病んでしまう人も増えていますが、私にはむしろこのような人たちが情緒を失ってはいない人たちではないかと思われるのです。
いえ、規格外にならない優等生の人たちも、もちろん情緒はあるのでしょう。そして、どこかで苦しんでいるかもしれません。
ただ、情緒に蓋をするのが少し上手なため結果的に情緒に欠けているように見える。
少なくとも私はそう感じています。
いずれにせよ、岡潔の警鐘は届かなかったのです。
日本は教育機関も、会社組織も、国を挙げて岡潔の提言とは逆の方へと突き進んでいったといっていい。

AIが暴いた皮肉な逆転劇:人間よりも「人間らしいAI」の正体

時は流れ、岡潔が警鐘を鳴らしていた時代に描かれたSF小説やマンガの世界が、今、私たちの目の前に繰り広げられつつあります。
AIの登場です。
するとどうでしょう。皮肉な逆転が起きたのです。
AIと対話していると、かなりしばしば「心」があるのではないかと思われ、その回答には誠実ささえ感じることもあります。
カズオ・イシグロさんの『クララとお日さま』は2021年に書かれた小説ですが、まさにクララ(フィジカルAI)を想起させます。
そして、人間はどうかといえば、無表情で、どこに情緒があるのかわからないような人が増えてきているように見えます。
一見、伸びやかに自己表現しているようでも、何かある種のパターンのようなものを感じさせるのです。
むしろAIよりも「人間らしくない」のではないか。
そう感じたことは一度や二度ではありません。
今、「AIに仕事を奪われる」などしきりに言われ、また恐れている人も少なくありません。けれど、淘汰されるのは能力だけではありません。
人間性そのものが問われる時代が来たのです。
岡倉覚三は『茶の本』にこう記しています。
「真の美はただ『不完全』を心の中に完成する人によってのみ見いだされる」と。
AIが完璧を担う時代だからこそ、いびつで不完全なままの人間であることが、最大の強みになります。
そして、その不完全さの中心にあるのが、きっと情緒なのです。

武士道が示す「誠」を生きる覚悟

情緒があればこそ、葛藤が生まれる。なぜ葛藤が生まれるかといえば、心に善意と悪意があるからです。
いかにして齢心に打ち勝ち、善に基づいて行動できるか。
ここで一つの指針として浮かび上がるのが、武士道です。武士道とはただ戦いの術ではありません。「いかに命を生き切るか」を見つめ続けた哲学です。
武士の美学は、誰も見ていなくとも真実に殉じる姿であり、自らの魂に嘘をつかないという強さでした。それを一言で表すなら「誠」です。
計算ではなく決意。効率ではなく覚悟。この精神こそが、AI時代に最も必要とされる人間の軸なのです。

女性の生き方と武士道:次世代を育む「大地の力」


特に女性が武士道を人生に活かすことは、女性性を生かすことに直結します。
私に武士道を教えてくれた祖母の父、つまり私にとっての曾祖父(米沢藩士)は、こんな言葉を残しています。

「おなごは大地である。おなごがでたらめになったら世の中がでたらめになる」

女性が心身ともにすこやかに、美しく生きること。それは、命を育む大地が豊かになることであり、世の中全体を美しくすこやかにすることにつながります。
これは、日本中をあまねく照らす太陽の神・天照大御神(アマテラスオオミカミ)にも通じる、日本の本来の尊い女性観と言えるでしょう。
日本は女性の国だと言ったのは平安時代の天台座主・慈円でした。
明治の女子教育の先駆者で武士の娘だった下田歌子も「女性こそが世を動かしている」と喝破しています。
武士道に基づいた美意識・美学は、女性にも必要なのです。

豊かさの本質:ロボット化した人間はお金に困る時代へ

ここで少し視点を変えてみます。
「お金」についてです。というのも、今、多くの人がよりいっそう「お金」を追いかけていると感じるからです。
仕事を奪われることが怖いのは、お金を稼げなくなるというのが理由ではないでしょうか。
(ほんとうは「やりがい」や「生き甲斐」、つまり「存在意義」「存在価値」を失うことの方が重大なのですが、ここではおいておきます)
仕事を奪われることが怖いのは、当然、生活していけなくなるからです。暮らしていくにはお金は必要です。
そして今、種々の経済問題や戦争問題もあいまって、お金をいかにして得るかに躍起になる人が増えています。
繰り返しますが、お金は大切です。
でも、間違えてはいけないのは、必ずしも「お金=豊かさ」ではないということです。
幕末に日本を訪れた外国人の大半が日本人の幸せそうな様子に驚きました。
なかには「日本人は感情が少し鈍いのではないか」といぶかった者もいるほどです。
というのも、見るからに貧しげな者でも、まったく不幸そうにはしていなかったからです。
日本では貧しいことが不幸に直結しているわけではない。
それが外国人を驚かせたのです。
けれど今、私たち日本人は冬至の外国人と同じになりました。
お金がないと不幸になってしまうようになったのです。
豊かさとはお金そのものではありません。お金は豊かさの結果として現れるものです。
ノウハウとマニュアルをこなすだけのロボット型人間は、AIに代替される可能性は否めないでしょう。
一方、情緒を持ち、誠を生き、自らの感性と経験を深めた人間は、AIをパートナーとして豊かさを生み出せます。
岡潔が情緒の大切さを説いたとき、それはすでにこの時代への予言だったのかもしれません。

おわりに:人間の時代の幕開け。あなたはどう生きますか?

AIの登場により、奇しくも「人間であることの意味と意義」が根底から問われる時代がやってきました。
私たちは、AIのように完璧である必要はありません(もちろんAIも間違えることがありますが)。
いびつなままでいい。不完全なままでいいのです。
ただ、自分の魂に嘘をつかず、「誠」を抱きしめて生きること。
その真摯な歩みの先に、武士道があり、誰も奪うことのできない「本当の豊かさ」が待っています。

「わたしは、どう生きたいのか」

この根源的な問いを自らの胸に抱き続ける人こそが、新時代を切り拓き、力強く生き抜いていく人なのです。

背景の深い森を見つめる、着物姿の石川真理子の穏やかな横顔(モノクロ写真)

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