岡倉天心は『茶の本』で武士道を「死の術」と喝破した

新渡戸稲造の『武士道』が出版された数年後、同じく世界的名著となった岡倉覚三(天心)の『茶の本』が世に出ています。
そこで天心は「武士道は死の術」と、さりげなく、しかし皮肉たっぷりに喝破しました。

私は虚を突かれて驚きました。
けれどこれが探求を深めるきっかけとなったのです。

私は胸に突き刺さった棘の痛みを、その理由を知りたくて、歴史を遡っていきました。
江戸時代から戦国時代、武家政権が樹立した鎌倉時代、貴族の世であった平安時代、奈良・飛鳥の王朝文化、さらには神世にまで・・・。

このひとつの問いが、私を突き動かしていたのです。

やがて私は答えを見出しました。やはり、そうではありませんでした。
「茶の湯」という観点からも、それは確かです。
茶の湯が大成されたのは戦国時代。明日をも知れぬ命だからこそ、一服のお茶に「生」を凝縮させました。
武士道と茶道は本来、一つのものであったはずなのです。


千玄室大宗匠のお手紙「維新で武士道も名のみ残り・・・」

その答え合わせは、思いがけない形で訪れました。

2017年、私の著書(『五月の蛍』『仕事で活かす武士道』)を、茶道裏千家前家元・千玄室大宗匠(2025年ご逝去)に献本させていただいた時のことです。
大宗匠は、第二次世界大戦中、特攻隊員として出撃を待つ身であられました。
拙著では多くの戦友を見送り、生と死の狭間をご存じである大宗匠の体験を引用させていただいたのです。

大宗匠からは、なんと直筆のお手紙をいただきました。
まったく思いがけないことで、 震える手で封を開けると、そこには達筆な文字で、こう記されていたのです。

明治から戦前にかけて、武士道は「潔く死ぬこと」に意図的に重きが置かれ、「利用された」とさえ私は解していました。

大宗匠の言葉は、まさにそのことを表わしていたのです。

裏千家15代大宗匠・千玄室氏から贈られた直筆のお手紙とくずきりの箱。千利休の教えが記された扇子と共に、和の精神性が漂う静謐な一品。

貴女の武士道を人生の道しるべに

また、千家の遠祖は武士であったこと、利休の祖父まで幕府に出仕していたこと、その後、利休の父が堺に出て商家となったこと、そして千利休は、武家社会において武士として、また茶家として、ふたつをひとつにしたこともありました。

千玄室大宗匠の直筆手紙。墨跡鮮やかに「茶道は武士道と共に一体……」という、文化の根源を解き明かす言葉が綴られている。

結びには、こうありました。

死に行く定めにあった元特攻隊員の方が、私の説く「生きるための武士道」を読み、
それを「道しるべになる」と託してくださった。

その瞬間、私の目から涙が溢れました。
天心の言う「死の術」を超えて、武士道が、茶の湯の心——すなわち「和敬清寂」や「慈悲」と完全に統合された瞬間でした。

私はそこに、ひとすじの美しい道を見出したのです。

私が今、裏千家で茶の湯の稽古に励むのは、単に教養や品格のためではありません。
現代における「武士道の実践」そのものだからです。

いえ、教養や品格とは、本来、「一度きりの人生をいかに美しく生きるか」という命題があってこそでしょう。

ALT属性: 千玄室大宗匠から石川真理子氏への献辞。「貴女の武士道」「道しるべになると思います」という激励の言葉と署名。

すべては「愛」に始まり「愛」に至る。武士道の「誠」とは限りない「愛」

武士道は、仏教の精神と切っても切り離せない関係にあります。
お釈迦様の教えの本質は「慈悲」であり、武士道にも慈悲の心が欠かせません。「武士の情け」「惻隠の情」あるいは弱い者を慮る「悌」は、ここが起因しているといえるでしょう。
もし、この慈悲がなかったら、武士道は殺伐とした、恐ろしいものとなったかもしれません。
慈悲とは、現代の私たちが最も分かりやすい言葉で表現するならば、それは「愛」に他なりません。
さらにいえば、真の心、つまり誠に置き換えることもできます。
武士道の中心には「誠=愛」がある。
これが、私が「武士道とは愛することと見つけたり」と提言するゆえんです。

和敬清寂を旨とする茶の湯もまた「愛」がなければ成り立ちません。自他を慈しみ、尊んでこそ、主客相通じるのです。

すべては「愛」に始まり「愛」に至る。
武士道の誠とは、限りない愛と言っても過言ではないでしょう。


「女子の武士道」の軸を日々の暮らしの中で「日本美」として実践する

源頼朝が鎌倉に日本初の武家政権を樹立してから、約800年の歳月が流れました。
かつて戦士の嗜みであった武士道は、長い時を経て、今や日本の美意識を伝える哲学となり、豊かな文化となりました。
現代において武士道を学ぶことは、日本美(やまとび)の本質を理解し、内なる品格と教養を養うことそのものです。

「女子の武士道」という精神の軸を持ち、それを日々の暮らしの中で「日本美」として実践していく。

私、石川真理子は、歴史という大きな川の流れの中で、武士道がいかにして現代の美学へと繋がっているのか、

その系譜を紐解き、執筆や講演・講座を通じてお伝えしていきます。

石川真理子

Bushido as a Philosophy for Living: The Lineage of Samurai Women and a Sacred Encounter with the 15th-generation Grand Master of Urasenke

Many perceive "Bushido" as a code for combat or a philosophy on how to die beautifully. However, essayist Mariko Ishikawa has consistently advocated for a different truth: "Bushido as a Philosophy for Living."
The teachings Ishikawa received from her grandmother—the samurai woman closest to her—were centered on a beautiful way of "living" and "being." Over time, she became convinced that the true core of Bushido is, in fact, "Love."
This conviction became unshakable through a single letter from Genshitsu Sen, the 15th-generation Grand Master of Urasenke. Having stood on the brink of death as a former Kamikaze pilot, the Grand Master has dedicated his life to the spirit of "Peacefulness from a Bowl of Tea." Why did this great master recognize and entrust his legacy to Ishikawa’s vision of Bushido?
Accompanied by profound visual narratives captured on Leica by photographer Kokoro Uozumi, this article explores the story of "Love" by tracing the inseparable bond between Bushido and the Way of Tea, as well as the lineage of the resilient samurai women who embodied this spirit.