風薫る五月。色鮮やかな春の花々から、瑞々しい新緑へと景色が移り変わる季節を迎えました。本コラムでは、二十四節気の「立夏」や「小満」に寄せて、この時期ならではの自然の美しさと、古来より日本人が大切にしてきた営みを紐解きます。
明恵上人の面影が残る高山寺や嵐山の祇王寺など、京都の名刹で見られる青紅葉と苔の静謐なコントラスト。そして、かつて女性の重要な「徳」とされた養蚕や機織りの歴史に思いを馳せます。
爽やかな初夏から恵みの雨である走り梅雨へと向かう日々の中で、生命力あふれる自然の息吹を感じながら、心豊かに梅雨支度へ向かうためのヒントをご提案します。
In this column for May (Satsuki), author and Bushido researcher Mariko Ishikawa explores the refreshing beauty of fresh greenery and the rich cultural history embedded in the Japanese early summer. As the season transitions through the solar terms of "Rikka" and "Shoman," she reflects on the stunning contrast of green maples and vibrant moss found in Kyoto’s historic temples, such as Kozan-ji and Gio-ji. Furthermore, she delves into the traditional practice of sericulture, once considered an essential virtue for Japanese women, offering a profound glimpse into the historical connection between nature and daily life. Through these reflections, she invites readers to appreciate the vibrant life force of May and gracefully prepare for the approaching rainy season.
青紅葉のころ
「風薫る五月」という表現がよく使われるように、一年でも最も爽やかで過ごしやすい季節がやってきました。色とりどりの百花繚乱から瑞々しい新緑に取って代わられ、抜けるような青空とのコントラストが実にきれいです。
五月の二十四節気は立夏から始まります。二〇二五年は五月五日、ちょうど端午の節句と重なります。七十二候ではその日から九日までが「蛙始鳴」、十日から十四日が「蚯蚓出」、十五日から二十日が「竹笋生」。カエルが鳴きはじめ、やわらかな土の上にミミズがひょっくり這い出して、竹林では筍が顔を出す。初々しい生命力が感じられる光景です。

京の都を彩る青紅葉と苔庭
この時期はなんといっても青紅葉です。また、苔の見頃でもあります。
青紅葉と苔に彩られた庭は、日本の風土ならではのものでしょう。
いずれも湿度が高く一日の寒暖差が大きい方がより鮮やかになるようです。
京都は苔寺が多いことで知られますが、そのせいかと思われます。
青紅葉も苔庭も、どの地方にもあるものですが、京の都は特別だと感じるのは私だけでしょうか。
明恵上人の面影を求めて訪れた栂尾の高山寺では、まるで上人そのもののような純粋な青紅葉があたり一面を染めていました。
ちょうど新茶の時期のため、寺内の茶園では近隣の小学生による茶摘みが行われていました。宋から帰国した栄西から茶の種をもらった明恵上人が庭に植えて育てたものと伝えられ、「日本最初の茶園」という立て看板もあります。もっとも、現在の茶の木は、もう何代目かになるのでしょう。
嵐山の祇王寺も心に残っています。平清盛から寵愛された祇王が、清盛の心変わりによって出家し、入寺した尼寺です。
女性らしいしっとりとした佇まいの静かな草庵で、苔の美しさが際立っています。
八瀬の瑠璃光院も見事でした。春と秋に期間限定で公開されますが、書院の机や床、廊下に紅葉が反射して写り込む様子が息を呑むほど美しいのです。近年はSNSの影響もあるのか相当な混雑ぶりで、静かに景色に見入ることが難しくなって残念です。
知る人ぞ知る青紅葉や苔の名所を自分なりに探した方がいいかもしれません。

若葉から走り梅雨へ
五月も半ばを過ぎると、からりと爽やかだった風に、ごくわずかな湿度が感じられるようになります。早くも梅雨が近づいてきているのです。万物が成長し、天地に満ちる時季を表わす「小満」は、だいたい二十日頃。今年は二十一日にあたります。その日から二十五日が「蚕起食桑」、二十六日から三十日が「紅花栄」、三十一日から六月四日が「麦秋至」と続きます。七十二候と共に季節を追ってみると、五月終わりから「走り梅雨」といわれるような日が続くのもわかります。けれどこれも恵みの雨。あらゆるものを成長させます。透けるような緑色をしていた木々の葉も、いつのまにか濃くなって、若葉も桜と同じくらい短いものだと知らせてくれます。

「天の虫」と日本女性のたしなみ
ところで、「天の虫」と書く蚕は、古くから日本人の暮らしに欠かせない存在であったことをご存じでしょうか。蚕が日本にもたらされたのは弥生時代ではないかとする説があります。『古事記』や『日本書紀』にも記されています。垂仁天皇の代には「赤絹百匹を持たせて任那の王に贈らせた」(『日本書紀(上)全現代語訳』宇治谷孟 抗がん社学術文庫)とあります。この時代に百匹もの絹を贈ることができたということは、かなりたくさんの蚕を生育し、絹糸を採り、機織りをしていたと考えていいでしょう。そして、この養蚕と機織りは江戸時代まで日本女性のたしなみとされたのです。女性の徳として「婦徳」「婦言」「婦巧」「婦容」の四徳があり、「婦巧」は裁縫の技術のことです。が、これは蚕を育て、繭から絹糸をとり、機織りをして布に仕立て、そこから着物や布団を縫うという気の遠くなるような徳なのでした。五月終わりは女性たちが蚕に桑の葉をせっせと与えるのに忙しい時でもあったのです。そのような作業から解放された私たちは、梅雨支度でもいたしましょうか。
写真撮影:魚住心(leica) Shortlisted in The Nature Photography Contest 2025(final round)
日本の文化と、その美意識は、私たちの暮らしの中に息づいています。和敬美学の会6期では、そんな身近な日本文化にスポットを当てました。
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