「あの戦争」を考える。明治陸軍が編纂した『日本戦史』とは何か新着!!
昭和の戦争は、日本が歴史上初めて「戦争に負けた」歴史でもあります。なぜ、日本は戦争に踏み切ったのか。なぜ、負けたのか。今なお、問い続けられていますが、その核心を明治の近代化に繋げて考えている人は多くはありません。「敗戦の […]
8月:葉月〜厳しい残暑に初秋の気配と夕風を感じる。ご先祖様と英霊に捧げる祈りと、亡き人の霊を慰める「盆踊り」
酷暑の中にも、微かな秋の気配が漂い始める葉月。お盆や終戦の日を迎える八月は、ご先祖様や国のために命を捧げた先人たちに深く思いを馳せる、特別な「祈りの月」でもあります。古き良き日本の風情ある夕涼みや、かつて小泉八雲をも魅了 […]
これからは、私の美学で生きていく。9月開講【大和美人講座奥伝】先行案内登録のお知らせ
2020年より2期にわたって行い、大変ご好評いただいていた【大和美人講座】。このたび内容を刷新し、特別なカリキュラム【奥伝】として開講する運びとなりました。カリキュラムは、先行案内にご登録くださった方に開示いたします。 […]
『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』
武士道は、決して男性だけの美学・哲学ではありません。女性には女性の矜持である「武家の女の道」がありました。12年前に出版され、長きにわたり多くの方に読み継がれてきたベストセラー『女子の武士道』。形を変えた乱世とも言える今 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第八回 常在戦場——書と茶の湯は、なぜ心を静めるのか
書や茶の湯は心を静めるため 急激な景気悪化に対応しきれない明治政府のもと、各地で労働運動や暴動が相次ぎました。なかでも明治四十年の足尾銅山での暴動は軍隊が出動して鎮圧したほど大きなものでした。言論弾圧もすさまじく、民衆 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第七回「武家の娘は泣いてはいけない」の本当の意味——泣いてよい涙とは
祖母の矜持四 自由と身勝手をはき違えてはなりませぬ 武家の躾を受けた者は、迷うことなどないのでしょうか。そのまま疑いもなく素直に、受け継がれてきた哲学や美学に基づいて生きていけるものでしょうか。 そうではありません。 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第六回 運命を受け容れるということ——左目を失った少女と「心眼」
祖母の矜持三 目に見えるものに振り回されぬよう心の目を開く 祖母が左目を失明したことは、本人はもちろん両親をも苦しめました。このままいけばいつ嫁いでもいいと思っていたのですから、よほどの落胆だったでしょう。十六歳で嫁ぐ […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第五回 なぜ幼い娘は危難に動じなかったのか——知行合一という武家の躾
知行合一を重んじる武家のしつけ 祖母は七歳にも満たないころから中国の四書『中庸』『大学』『論語』『孟子』を与えられました。これらは武士の必読の書として与えられます。なかでも『論語』については特にくりかえし学びました。 […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第四回 武士道は死ぬためのものか、生きるためのものか——「明治武士道」という視点
武士道は時代により、その現れ方が変わる 明治時代の日本は、文明開化の名のもと、富国強兵、殖産興業のスローガンを掲げ、西洋の大国と肩を並べようと懸命でした。けれど国の財政はひっ迫しており、庶民は貧しい暮らしを余儀なくされ […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第三回 「武士は食わねど高楊枝」の真意——誇りを守るやせ我慢
祖母の矜持二 空元気でも元気は元気。そのうち本当の元気が湧いてくる 祖母の生家は、維新後は帰農しました。「帰農」というこの言い方にはわけがあります。 武士といっても身分制度が成立するまでは、ふだんは田畑を耕す農民でし […]
連載『新版 女子の武士道 武士の娘だった祖母の矜持』第二回 おなごがでたらめになれば、世の中がでたらめになる——武家の女性が担った「義」とは
祖母は、幕末に生まれた両親から、人としての道義を学びました。それは日常生活の中で、日々、実践を伴いながら、くり返し魂にすり込んでいくようにして習得されていきました。そしてやがては祖母という女性そのものをかたどっていったの […]





