祖母は、幕末に生まれた両親から、人としての道義を学びました。それは日常生活の中で、日々、実践を伴いながら、くり返し魂にすり込んでいくようにして習得されていきました。
そしてやがては祖母という女性そのものをかたどっていったのです。
このこからは、祖母の幼いころの物語を綴りながら、女性にとっての武士道とは何であったのか、それはどのようにして指針となっていったのかを紐解いていきます。
My grandmother learned the path of moral duty from her parents, who were born in the final days of the Edo period. These principles were acquired through her daily life, accompanied by everyday practice, repeatedly etched into her very soul. Ultimately, they shaped the woman my grandmother became. From here on, through the stories of my grandmother's childhood, we will unravel what Bushido meant for women and how it became a guiding compass for their lives.
祖母の矜持一 おなごがでたらめになれば世の中がでたらめになります
「おなごは大地のようなもの」
物心つくかつかないかのうちから、祖母は父親から幾度となくこの言葉を聞かされて育ちました。
曾祖父は少年時代に明治維新——御一新を経験しています。
あの動乱の際にあって、その母が、どれほどしゃんとして覚悟の程も立派であったか、よほど心に残ったのでしょう。まるで揺るぎない大地のようであったということです。
北上する新政府軍を迎え撃つために、あたかも戦国の世が戻ってきたかのような戦支度で出かけていく男たち。曾祖父は幼少のため家に残り、その父と二人の兄を見送ったのです。
戦に出て行く夫や子どもたちを見送る曾祖父の母は、実に見事な様子でした。どっしりと構えて笑顔さえ浮かべていたというのです。そんなことがあってから、曾祖父は女性は大地のようなものだと思うようになったのでした。
「大黒柱というが、しっかりした良い大地であらねば立っていられるわけがあるまい。一家の大黒柱を受けとめて、その大黒柱を堂々たらしめんのは、おなごにかかっておる。セツ、それをよう憶えておくのであるぞ。大地とならんために学び、おのれを鍛錬するのだ」
こんなふうに祖母はその父親から諭されて育ったのです。
「そんな立派なばばさまを私はお手本にせねばならぬのかと、恐ろしいような気持ちもありましたよ。けれど一方で、おなごはか弱きものとされているのに実はそうではなかったのだと、楽しいような気もしたものです。なんだか手を打って喜びたいような気分でしたなぁ。父を手伝って畑仕事もしましたから、いかに大地の質が大切かというのは、そんなことからもわかりましたし、父もことあるごと、上等な作物を作るためにはなんといっても土だと言っておりましたからの」
そして、祖母のそんな思いを受けとめるように、さらに曾祖父は言ったのです。
「大地がでたらめだと農作物はけっして育たん。育ったとしても、なよなよしたでたらめなものができるぞえ。それと同じで、おなごがでたらめになると、きっと世の中がでたらめになるだろうよ。新政府の新しき日本国がでたらめにならぬためには、おなごがおなごとしての義を守らねば、どうにもなるまいよ」
義とは何か。武家の女性が担った役割とは
「義」という言葉はこのごろではあまり使われなくなりました。正義や仁義、節義、義務、義理などという熟語さえ、用いられることはまれです。堅苦しくストイックな意味ゆえでしょうか。
「義」とは損得勘定を度外視した、人としての良心に従った行動です。目の前で溺れている人を見て見ぬふりをしない。たとえていうならそういうことです。
これはもちろん女性に限られたことではありません。男女の別なくして、あるいは洋の東西を問わず、人として身につけておきたい倫理感です。
では、祖母のいう「おなごとしての義」とは、なんでしょうか。簡潔に言ってしまえば家を治め守り抜くことを指しています。 武家の女性に求められたのは家を安定させ繁栄させていく大きな支えとなる内助の功でした。それは女性の力が表の社会では役に立たないということではないのです。
夫を支え、いきいきとした子どもを育てていくには、女性ならではのしなやかな強さ、大らかな愛情が必要であることは、今も昔も変わらないのではないでしょうか。
「おなごがでたらめになると世の中がでたらめになる」という曾祖父の言葉は祖母にとってはひどく重く、私にとっては耳が痛くてたまらないものですが、今一度、強く大らかでやさしい女性らしい心、真の女性の強さとは何かを考え直してみたいものです。

