お金に余裕があるわけではない。それでも還暦を迎えた私は、今年も短い紅葉の季節を追いかけて旅に出る。健康で動ける時間を数えてみれば、桜の旅も紅葉の旅も、残された回数は決して多くない。先行きへの不安を抱えながらも「キリギリス」として生きることを選んだ理由と、限られたお金で豊かな時を創るための「センス」について綴りました。写真は、パートナーで写真家の魚住心がライカで捉えた、これまでの秋の景色です。
I'm not wealthy. As a self-employed writer, I have lived something of a tightrope life since my mid-twenties. Yet now, at sixty, I still set out every year to chase Japan's fleeting autumn colors. If I count the years I can still travel freely, only a handful of cherry blossom and autumn leaf seasons remain. This essay is about why I choose to live as the grasshopper rather than the ant, and why a rich life depends less on money than on the sense to create beautiful time. The photographs of past autumns were taken by my partner, photographer Kokoro Uozumi, on a Leica.

秋が近づいている――どんぐりと金木犀が告げる季節
秋が、近づいています。「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、今年の秋のお彼岸は例年に比べて気温が低く、肌感覚ではすでに10月のようです。窓の前には椎の木がいくつかあるのですが、昨日、早くもどんぐりが茶色くなっているのを見つけました。そういえば、10月を知らせる金木犀も、今年は9月半ばに香りを放ちました。スーパーエルニーニョとやらで気温の高い日が続くのかと思いきや、気象条件とは、そんな単純なものではないようです。
短い紅葉の季節を追いかけて
秋は大好きな季節です。私は暑さと人混みが苦手なので、夏は家に引きこもって仕事をすることにしています。多くの人が夏休みを楽しもうとあちこち繰り出すときに、私は逆のことをしているのです。秋のおとずれが楽しみなのは、やっと外に出られるからでもあります。もちろん楽しみなのは紅葉です。春、南から北へと桜色に染め上げられていった日本列島は、今度は北から南へと錦に染まっていきます。遠くの山が色づきはじめると、それはあっという間に里に下りてきて、あちこち秋色に染めていきます。神さまの絵筆がパレットから秋色を出し尽くすようにして、染め上げていくのです。桜と同じく、紅葉の時はそう長くは続きません。一陣の風が花を散らしてしまうように、無情な秋風が色づいた葉をそらに舞い上げます。「木枯らし」とは秋の言葉ですが、「木を枯らす」だなんて、あらためてその意味を思います。
桜を追いかけるのと同様、私は、短い秋を追いかけます。夏の終わりから秋の旅を計画します。どこへ、どんな秋景色を見に行くのか。Googleマップとカレンダーを幾度も幾度も確認しながら、行き先と、スケジュールを組んでいきます。
旅に出られるのは「お金があるから」なのか
しょっちゅう旅に出ている私を、羨む人は少なくありません。交通費に宿泊費、現地での飲食や買い物など、旅にはそれなりの費用がかかります。経済不安が続く昨今、日々の生活を最優先すると共に、先行きのことを考えて貯蓄や投資にできるだけ回すようにしていれば、旅費の捻出がしづらくなるのもよくわかります。もちろん潤沢な収入があれば、そんな心配も少なくなるに違いありません。だから人は「お金があれば」という発想になるのでしょう。
では、私に「お金があるのか」と問われれば、「そうでもありません」と答えなければなりません。まして自営業という、なんの保障もないジプシーです。収入を得ていくためには、みずから仕事を創り出していかなければなりません。それがどこまで続くのか。文字通り、綱渡りの生活です。(もっとも、そんな綱渡り生活を私は20代半ばから今に至るまで続けているのですけれど・・・)正直に言えば、「こんなことで大丈夫なのだろうか」と心の片隅では思っています。クレジットカードで旅費の請求が届いた時には、それなりにビビってしまうのも確かです。
還暦から数える、残り12回の桜と紅葉
それでもなぜ、なお旅に出るのか。
この人生は一度きり、そして有限だから。さらに「健康で動ける時間」と定義したら、それは還暦を迎えた私にとって、残酷なほど短いのです。たとえば健康寿命が72歳までだとします。日常生活をそれなりに自活できる健康レベルではなく、多少無理な旅でも楽しめるだけの心身の健康レベルという意味で。すると、桜の旅も、紅葉の旅も、残すところ12回となります。もちろん仮定に過ぎず、現実には何が起きるかわかりません。数日前の台風で、一瞬にして人生の終焉を迎えなければならなかった方が、ここからそう遠くないところにいらっしゃいます。同様に、もしかしたら80歳になっても90歳になっても海外旅行に出かけられるほど元気かもしれませんし、財力もあるかもしれません。どちらの可能性もあるでしょう。この人生がいつどのように展開し、終わるのか。ある程度はみずからの生き方によってコントロールできたとしても、究極は、決められない。
アリとキリギリス――私はキリギリスを選ぶ
そう考えたとき、私にとって何が大事なのかが、くっきりと立ち上がってきます。私は、いのちの時間を精いっぱい豊かに生きたいのです。アリとキリギリスの童話がありますが、私は間違いなく、キリギリス。先行きのことをどこかで案じながらも、でも、美しい音楽を奏でていたい。旅に出て、心を養い、美しい想い出をつくり、それを言の葉として綴っていく。それが、私が最も生きていることを実感できる時間であり、生きている喜びを感じられるあり方なのです。アリたちがキリギリスを「そんなことでは大変な目に遭うぞ」と諭したように、たとえ大変なことになったとしても、美しい想い出は私の支えになるにちがいありません。けなげに咲く桜の花が、色づきながら別れを告げる紅葉が、私の力の源泉になる。
豊かさはお金の多さではなく、センスで創るもの
つまり現実というものを、私は違う角度から見ているのです。私にとっての現実は、その時間が、いかに愛と豊かさに満ちているかどうか、なのです。チャールズ・チャップリンが言ったように、少しのお金は必要でしょう。そして、たとえ「少しのお金」でも、どれだけ豊かな時を創造できるかは、センスにかかっている。私はそう思っています。
昨年までの秋の写真をお届けします
昨年までの秋の写真をお届けします。ああ、美しいなと感じ、あなたも旅に出たような気持ちになれたなら、私はさらに豊かさを享受したことになります。そうなることを願って。









写真撮影:魚住心
旅の動画はYouTubeのサブチャンネルでご覧いただけます。
日本人の精神性と美意識を学びたい方へ
情報があふれ、社会の状況も目まぐるしく変わる今の時代。
今、人類はかって経験したことのない時代を生きています。
そんなとき、確かな力となるのは「本質」「本物」「普遍的な真理」です。
「かたよらない、とらわれない、こだわらない」という空(くう)の心や、日本人が古来より大切にしてきた精神性は、私たちが自分を見失わずに生きるための、力強い「軸」となってくれます。
日々の喧騒から少しだけ離れ、こうした先人たちの深い智慧や「日本美」、そして自分自身の心を調える「人間学」を、私と一緒にじっくりと学んでみませんか。
私塾マリアカデミィは、年齢や職業に関わらず、現代を心豊かに生きるための知恵を語り合う「現代の寺子屋」です。
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今期は身近な日本文化を学ぶ内容となっています。

