書や茶の湯は心を静めるため
急激な景気悪化に対応しきれない明治政府のもと、各地で労働運動や暴動が相次ぎました。なかでも明治四十年の足尾銅山での暴動は軍隊が出動して鎮圧したほど大きなものでした。言論弾圧もすさまじく、民衆の心はいやおうなしに荒んでいきました。 世の中全体が不満と閉塞感にさいなまれていると、次第に道徳心が失われていくのは昔も今も同じです。祖母の暮らす小さな村でもつまらない争いが絶えませんでした。 世の中が荒れていくほど、祖母は父の教えの正しさを理解するようになりました。すでに二十歳前の大人になっていたことや、物事の本質を掴もうとする心の目も育っていたからでしょう。年老いてきた父親も、こんなふうに言うのでした。 「でたらめが通る世の中で義を守り徳の道を選び取ることはさぞかし辛かろう。しかし、おのれがその道を捨てたその時が、ほんとうの世の乱れが始まるのだ」 どんな世の中であろうとも、まっとうな人生を歩むかどうかは自分が決めることです。 真の世の乱れを我とわが身に受けるのは、自分が非道を選んだとき。 この在り方を貫くのは確かに大変でしょう。けれど、私もそんなふうでいたいと心から思います。 世の中が騒然となればなるほど、祖母は書を行うため机に向かうことが多くなりました。また、あまりできない贅沢ではありましたが、茶の湯を何より楽しみにしていました。 書も茶の湯も心の乱れがそのまま表れてしまいます。そうならないよう、呼吸を整え、ひとつひとつの動作に集中します。やがて心の波が静まり、無の境地に至ります。それは弱い心に打ち勝つよい訓練になるばかりか、湖面のように静かな心であれば、自分のことがよく見えるようになります。自分の心がわかれば、どのように対処するかもおのずとわかってきます。 また、悲しみや怒りにさいなまれたとき、祖母は歩いて心を静めたといいます。 「怒ったり悲しんだりしたところでなんにもならぬとわかっていても、どうしたって怒りや悲しみがわき上がることはある。そんなときにはせっせとひたすら歩くのです。きっと弓や長刀など無心になれるものであれば何でもよいのだろうね。怒りや悲しみを抱いている自分から一時期離れてしまった後では自分自身がよく見えてきて、思いに振り回されることなく落ち着いていようという気になるのですよ」 どんな時代でも、心を乱す種はたくさんまかれているものです。その都度、感情のままに振り回されては、疲れ果ててしまいます。 日常が穏やかなときはそのことに感謝し、事が起きた場合でも腰を据えて対処できるよう、心を静める方法を淡々と行うのは自分を鍛えることにも通じます。そうした鍛錬が積み重なるほどに、人生の重さに耐える力がついていくのでしょう。


