日本の心、「和」が光明の世界をひらく。

自分とは何かを理解している人は、ほとんどいない。
それを知る鍵は、歴史の中にある。
なぜなら歴史は、私たちの中にあるから。
私たちは、歴史そのものだから。

●上半期テーマ 天皇を知れば日本が見えてくる●

あなたは「天皇」にどのようなイメージを抱いていますか?また、日本の天皇は、どのような役割をになっているのか、理解していますか?
日本と日本人を知る上では、天皇について学ばないことには叶いません。
日本は幾多にわたる困難を乗り越え歴史を紡いできました。その中心にあったのが天皇です。
国が内部から壊れようとした時、天皇はその変容に向けて、どのような行動を取ったのか。
古代から近代にかけて、あえて天皇の「負の歴史」を追いかけてみます。この「陰」を認めることで、日本に対する本物の愛と誇りが目覚めますように。

第1回 古代朝廷の愛した吉野宮①斉明天皇シャーマン説に迫る

 吉野の宮滝には縄文時代からの遺跡があります。「宮滝」の名が最初に登場するのは『日本書紀』の応神天皇の頃から。以来、宮滝は大和朝廷に重要な拠点と見なされ、祭祀も行われていたのです。その祭祀を司ったのが斉明天皇(女性)です。遙かな古代、ここで何が行われていたのか?日本人の心の原点を探ります。


第2回 古代朝廷の愛した吉野宮②戦う天皇の「かくれ里」

 皇位継承を巡る古代史最大の大事件、壬申の乱。その戦いの火蓋が切って落とされたのが吉野であったことは、あまり知られていません。大海人皇子(のちの天武天皇)は、戦いを逃れようと吉野に隠れたものの、結果的には決起することとなったのです。天皇というと「戦いとは無縁の平和的な神聖なイメージ」を誰もが抱くでしょう。しかし、その「常識」は壊さないと、「日本」という国が見えてこないのです。


第3回 もうひとつの皇居、吉野①南北朝、分裂はなぜ起きたのか

 なぜ朝廷は分裂したのか、なぜ京都とは別に吉野に皇居が出来たのか?南北朝時代という言葉を聞き覚えていても、どういう歴史なのか理解するのは難しいものです。しかし、南北朝時代は今の皇室に繋がる極めて重要な分岐点でした。そしてここでも吉野が関係するのです。
 南北朝シリーズとして、まずは後醍醐天皇から始まった南北朝の歴史をわかりやすく学んできます。


第4回 もうひとつの皇居、吉野②戦に捧げた生涯、護良親王と後村上天皇

 南北朝シリーズ第2弾は、その生涯を戦に捧げた二人の天皇を取り上げます。一人は後醍醐天皇の長子・護良親王。そしてもう一人は後村上天皇です。天皇が甲冑を着て戦うとは想像しがたいかも知れませんが、実際に武士を率いて果敢に戦い、後村上天皇などは東北にまで拠点を置いています。それがのちに明治の「皇族軍人」に繋がっていくのです。 護良親王と後村上天皇は、何のためにどのような想いで戦ったのか、その姿に迫ります。


第5回 幕末「南北朝」未遂、幻の天皇~奥羽越列藩同盟と東武天皇

 戦いを避けるため、あえて「もうひとつの朝廷」をつくろうとする動きが幕末にありました。その中心となったのが孝明天皇の義弟にあたる輪王寺宮です。東武天皇として、はるか仙台まで赴いたその足取りは、あたかも南北朝時代の後村上天皇のよう。明治政府の前に倒れた東武天皇は不遇なまま生涯を閉じるものの、日本以外の国で神として祭られています。


第6回 明治の皇族軍人~男性皇族の武士道、女性皇族の女子の武士道

 武士の世が終わった明治時代。徴兵制が発布されるとともに、皇族の男子も軍人となることが義務化されました。そのため太平洋戦争でも軍人として出征し、戦死した皇族男子もいるのです。さらには皇族でただ一人、A級戦犯として巣鴨プリズンに収容されたのが昭和天皇の叔父である梨本宮守正王でした。軍人としての規範を見せるためにも身を律した皇族軍人と、その妻として女子の武士道を発揮した女性皇族は、どのように生きて、戦後はどのようになっていったのか。未消化の歴史を真正面からとらえます。


●下半期テーマ 神々の国の生き方●

日本で暮らす日本人だからこそ、日本のことがわからない。
身近なもの、当たり前のことほど、見えないものなのです。
日本人はどのような民族なのか、それを教えてくれるのが来日外国人です。特に小泉八雲は、私に「本来の日本人の姿」を教えてくれた恩人といえます。
下半期では、小泉八雲が見抜いた「霊性民族」としての日本人の姿に始まり、奥地で古代のような暮らしをする人々をイザベラ・バードから、町で暮らす明治の人々をポンティングから、華族女性の姿をメアリー・フレイザーから学びます。そして、最後は日本人の民俗学者、宮本常一から、失われようとする日本を追いかけていきましょう。

第7回 魂の旅人、小泉八雲が見た日本①一神教では救われない

 ギリシャ生まれのイギリス人、ラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)が日本を訪れたのは、明治23年(1890年)のことでした。複雑な生い立ちを持つハーンは、知人から日本について教えられ、来日を切望していたのです。キリスト教では救われることのなかったハーンは、日本で暮らすなかで、日本の人々の心に触れ、そこに神を感じるようになります。日本人の多くに甚大な影響を及ぼした(私もその一人です)ハーンは、私たちの中に眠る「民族性」を見事なまでに言語化しています。八雲シリーズ第1回では、小泉八雲の生涯に迫ります。


すべての命は平等

第8回 魂の旅人、小泉八雲が見た日本②虫の音楽家、罪人を許す涙

 よく、虫の声を聞き分けることができるのは日本人特有だといわれます(実際には外国人でも聞き分けられる人はいるようです)。しかし八雲は、聞き分けるだけでなく、虫を貴人のように扱いながら世話する日本人を見ていたのでした。また、殺人という重罪を犯した罪人に対して、警官や民衆はどのように接したのか。聖書にありながら一神教の人々がなしえなかった「隣人を愛せ」という教えを日本人の中に見た八雲は、神々の国の人々に、何を見たのでしょうか。もはや「西洋脳」となってしまった現代人の心が激しく揺さぶられる八雲の考察を学びます。


第9回 イザベラ・バードが見た日本の奥地で暮らす人々

 イギリス人の女性探検家、イザベラ・バードが来日したのは明治11年(1878年)6月から9月にかけてのことでした。まだ江戸時代の様子が色濃く残る日本各地をまわり、人々の様子や風習を紀行文として克明に書き残しています。なかでも『日本奥地紀行』は、私たちの知られざる人々の生活を鮮やかに浮かび上がらせています。それは「原始」のころから変わらない連続する歴史の断片でした。本来の日本人の姿は、私たちに何を語りかけるのか?


第10回「ゲイシャ」を馬鹿にするな。日本女性の理解者、ポンティング

 英国人の写真家、ハーバード・ポンティングは、1901年頃から何度か来日し、日本中を旅しました。日本の芸術や風物、自然に親しむだけでなく、芸者を含む日本女性について正確に理解していた人でもあります。ちょうど日露戦争が勃発した頃で、戦地へ夫を送る女性たちの姿や、傷痍軍人を看護する女性たちの姿を活写しています。その頃すでに芸者は海外でも特殊な目で見られており、それを否定するために弁護しているほどです。江戸時代の風習を残しつつ、明治の教育を受けた女性たちが、どのような姿をしていたのか、ポンティングの記述から学びます。


第11回 しつけは血の中に流れている。メアリー・フレイザーが見た世界一気品のある女性たち

 外交官である夫ともに1890年頃から来日、5年間を日本で過ごしたメアリー・フレイザー。英国公使夫人という立場から宮中にも招かれ、天皇皇后はもとより女官や華族女性の姿を目の当たりにしています。繊細な感性でとらえた日本女性の姿は、行動を共にする外国人女性と比較され、「学ぶのは、むしろ私たちの方」と外国人女性を批判するほど。その根本となる教育についても、「しつけがされていない(なのに教養がある)」という興味深い内容を記述しています。日本人だからこそ見落としてしまう魅力は、どこにあるのでしょうか。


第12回 宮本常一、消えかかる日本を追いかけて

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和敬美学の会3期生のご感想

学校で学んだ明治維新というものが、真理子先生の講座で「えぇ、そんなことなの」と驚きの連続で聞いていました。
明治維新は、武士の政権から天皇が政権を取り戻したものと思っていましたが、実態は、天皇を旗頭にして、薩長が政治を司っていたのですね。えた・ひにんについても天皇直属のお仕事が始まりであったこと、それがいつの間にか差別される立場になっていったのがお気の毒に思います。一年間学ばせていただいて、「えぇっ!」ということばかり、知らないことばかりでした。長年お仕事の関係で調べ貯めてこられた資料を基に教えていただき、感謝いたします。それを思うと、講座費用がお安すぎると思います。ほかのコミュニティは、先生のように一人で調べて企画していなくても、年間の費用が同じなので驚きます。先生もお気づきであったと思いますが、正直に申し上げます。真理子先生のお声が気持ちよくて、時折もうろうとしているときがありました。申し訳ありません。もっと真剣に聞きなさいとお叱り受けますね。4期の和敬美学の会のテーマが「天皇」とあり、とても興味があります。
(Fさん 女性)


和敬美学の会にて学びの一年間ありがとうございました。
最終の茶の本のお講座は大和美人講座の時に初めて聴かせていただいたのだと思いますが、その時にはほとんどわからなくて学びからの思いを感じ取れることも出来なかったのですが
今回は言葉でどんな表現が適切なのか思い浮かばないのですがじんわりと豊かな情が伝わってきてやっと少し感じられるようにはなってきたのかなと心の変化を嬉しく味わっています。
真理子先生からの学びをわからないながら続けてきてあとからあとから、心の琴線にわずかながらに観えてくる瞬間が、暖かくて柔らかくて嬉しくて幸せで有り難い喜びです。
以前何かでお話してくださった
「自分の花」
その時々の花があることを大切に生きる
私もそのように歩んでゆこう!と感じています。
そして自分の身の回りにはいつも小さくてキラキラした幸福がたくさんあることに
気付かせて頂けた事に感謝してお礼のメッセージとさせて頂きます。
来年のお講座もどうぞよろしくお願い致します。
(Iさん、女性)


講座を通して、学校や日常で学ぶこと以外の、日本人のいろいろな面をたくさん知ることができました。 日本人は様々な生き方を尊重し、人を大切にしていたということ。 とても賢く柔軟であったこと。 日本には素晴らしい人や文化がたくさんあったこと。 女性は強くて大胆でいいということ。 学びを通して、日本人であること、日本女性であることが嬉しくなりました。 そして、私はいかに視野が狭く、周りばかり気にしていたかが分かりました。 もっと自分に聞いて、自分で選んで決めていいと勇気をもらいました。 また、今知っている歴史は、とても浅いということも知ることができました。 特に、神仏習合の歴史の長さは衝撃でしたし、神前式の歴史の浅さと、明治政府のしょぼさには驚きでした。 なにより、不完全でもっと人間的(情)でいいということが、ずっと強張っていた心を和らげてくれたような感じがします。 歴史を学ぶことで、生きることの気づきにもなって、受講できたことが本当に良かったなと思います。 1年間、ありがとうございました。
(Oさん 女性)


真理子先生 和敬美学の会3期を受講させてもらい、沢山の気づきを頂きました。有難うございました。 講座を受ける前は、今の世の中が優れているのだと勘違いしていました。 しっかり二元論で生きてました。 歴史を学ぶことで意識が変わる、本当だなぁと感じてます。 遊女、非人のイメージも変わり、神話の神様が人間らしくみえ、天皇家から武士ができた事、武家の女性の強さに驚きました。 特に印象に残ったのが、 二人静の話が真理子先生のYouTubeの勝手神社と合わさったのと、私が小学生の頃に『鎌倉』の唱歌をよく口ずさんでいたのを思い出し、何とも感慨深かったです。 学校で習った歴史、特に明治以降に違和感をもってましたが、違和感の意味がなんとなく少し分かったような気がしています。 4期も申し込みました。 カリキュラムを読み、ワクワクしています。  どうぞよろしくお願い致します。
(Tさん 女性)


真理子先生 1年間ありがとうございました。 歴史を学んでいながらも 「今」どうやって生きていくのか、 日本人がこの先を生きていくのに「思い出す」ことを学んでいると感じていました。 12月に入り、クリスマスがあり 除夜の鐘が鳴り、初詣があり 私が若い頃は「日本人は無宗教で外国の人から見たらおかしな人種なんだって」 と聞いたことがありました。 その時の私は「そうなんだ。。。」と悲しくなりました。 今は、すべてを包み込む 日本のに馴染む丁度よい風に 楽しめる、 良いところを見つけて認め合える それが「日本人」なんだと思えます。 私は、真理子先生を通じて歴史を学び 「今」が見えてくるので 調和すること、不完全な凸凹さを互いに支え合って補って行くこと そして女性のもつ真の心の強さ豊かさを発揮すること 日本語の力 「今」の日本に必要なことだと感じます。 まだまだありますが もっともっと日本が好きになりました。 そして日本人に生まれて心から嬉しいです。 これからも日本を知り、日本人を知りたいので第4期も申し込みさせて頂きました。 来年も何卒宜しくお願い致します。 ありがとうございました。
(Tさん 女性)


石川先生の厳選された12章。
先生が長年にわたり古い文献に残る記述などから調査研究を重ねた事実を丁寧に解説いただいた1年間でした。
私達がいつの間にか頭の中に常識?として持っている歴史のようなもの、とは全く違う日本の姿が浮かび上がり大変興味深く、
納得するものとなりました。
真実ではない歴史には、何も考えずともやはり、いつも疑問が絶えずありました。
それで、 ″世界で唯一奴隷制のなかった日本″について… 何年か以前に、ふと、日本で奴隷ってどんなだったのかと思い、少しそれらしい題名の本を読んだこともありました。
私達は本当に子供の頃から知らず知らずにお天道様が見てるよ、という言葉を普通に聞いて育っています。 日本人の根底に流れる潔さ、真心、それは、自分に恥ずかしくない生き方なのか?と自問する自然に備わった思いがあります。
学ぶほどに、そういう日本人のひとりであって本当に良かったと思うのです。
確かに全く要領は良くなく、損な役回りも多くても、むしろひとにさんなことを押し付けるのも気の毒。 でも、いざという時には女性も堂々と出陣し、しっかり主張する強さとしなやかさを持っていた。 日本人女性は決して下にある存在などではなく、尊重されていた。 ″生きる″ことに一生懸命″美しさ″を大切に生きた。
自分も振り返ってもう一度残りの人生を世阿弥の人生観を忘れないように書き留めて、今美しいか?問いながら生きたい。
人生は、終わるまで完成することはなく、いつもいつも初心を忘れず。
″老後の初心″→一生を通じて、上達していく姿のまま終わることを目指したいと思います。
今月からの和敬美学、今回からは出来るだけライブで受講したいと…思っております。 天皇については、本当にミステリアスな気がして…知りたいことは沢山ですね。 楽しみにしております。 1年間、素晴らしい熱い講座をありがとうございました。
(Nさん 女性)


一年間、どうもありがとうございました。 多角的アプローチ、新鮮なテーマで話題が多岐に渡りつつも、全体として一つの新しい日本人像が浮かび上がってくるような、魅力的な講座でした。 歴史的な学びだけでなく、参考資料の文学作品、和歌の朗読や解説が心地よく耳に響き、視野を広げて頂きました。心に種まきをしてもらったようです。 最終回、茶道における « 不完全の美 »は、一年の締めに相応しいキーワードとして心に残っています。もっと日本を学び続けたいと思います。
(Pさん 女性)

歴史が苦手な人でも楽しみながら感性で学べる講座です。
学びを重ねるうちに、意識の変化が生じていく感覚も味わってください。
お申し込み、お待ちしております。