問われているのは私たち大人の生き方、あり方

三連休が明けて明日は松の内も明けます。いよいよ今年も本格始動の感がありますね。

連休中の三日間は教育と社会について考えさせられました。
それは須く一人一人の生き方、あり方にかかっているものです。
ひとりひとりが社会を構成する尊い存在です。明るく幸せに生きる人が一人でも増えれば社会は明るくなることでしょう。
ゆえに、まずは自分を真の意味で大切にして、幸せに生きることが重要になってくる。誤解がないように加えておきますが、真の幸せは自分のみならず必ず周囲の人々をも幸せにするものです。
ゆえに自分を真の意味で大切にして、真の幸せを求めていくために、繰り返し学び、学びを行動に移していくことが重要になってくる。

さて、11日は西宮の阪急学園さまにて教職員向けに講話させていただきました。
「親でも先生でも結局のところ子供にどんな姿を見せるのかに帰結する」という内容です。
このことはすでに江戸時代の養育書に書かれているのです。
だからまずは我が身を律すること。
ここが武士道に通じるわけです。

翌12日は練馬区のみのり幼稚園さんの70周年祝賀会にお招きいただきました。
みのり幼稚園さんではお祖母様の代から今に至るまで幼児教育の理念を貫いてこられました。

創始者のことば「希い」にその理念は集約されています。
最初の画像に書かれていますので、ぜひご覧ください。

画像2

昨日は成人の日。夕方に大人とは何かというテーマのラジオ番組をたまたま聴いていました。
すると、若者からのTwitter投稿で「まずは日本社会が大人になれ」というものがありました。
幼い子も、若い人たちも、ともすれば私たち大人以上にものごとの核心を正しく掴んでいます。
そのことを私はつくづく実感しますが、一般的には多くの大人が気付いていないか、気付いても自覚をもって自分を律しようというふうに考え、行動しているように見えないことが多々あります。
何度も述べていますが
私たち大人がどんな姿を見せているのか
このことをもう一度、深く考えてみたいと思うのです。

子供たちに「夢を持て」とか若者に「志を持て」と言うのであれば、まずは私たちが夢を抱いていたいものです。小さな夢でいいのです。誰もがスーパースターになるわけではないのだし、小さな夢というのは、実は幸せに生きていくための「魔法の種」のような存在でもあるからです。
志をというのであれば、ささやかでも志をもって、それに向かって日々を明るく過ごしたいものです。



にほんブログ村 本ブログへ

問われているのは私たち大人の生き方、あり方” に対して1件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    小野泉です。私の先生も同じことを言います。私もそうありたいと思うのですが、なかなかできず私に必要なプロセスなんだと思うことにしています。少しでも明るく生きていきたいものです。

  2. mariko より:

    小野泉さん、こんにちは。本当に大切なことは「言うは安し、行うは難し」であることがほとんどですね。自分の事をダメだなぁと思うことは大人になってもたくさんありますし、できないこともどうしたってありますね。私はそういう場合は、せめて正直に「私も出来ないのだけれど、なんとか続けている。でも、たまにサボるのよ」と言うようにしてきました。明るく生きるというのは、最も天の意に従っていると私は思います。ちょっと落ち込むことがありましたが、今日も明るく過ごします!

  3. 匿名 より:

    小野泉です。実は私も落ち込むことがありました。あ、また考えていたと我にかえり、今日は笑いながら掃除をしています。✨

  4. mariko より:

    泉さん、ありがとうございます。落ち込むこと、ありますねえ、、、ほんとうに!困難は神様や天からのギフトだと思えるようになっても、心が落ち込むのは自然なことですものね。でも、お掃除をされたというのは、実に、実に効果的な方法だと思います。不可抗力というか、自分ではどうにも出来ないことはけっこうあるもので、そういうことが原因で心が沈んだ時は、私もせっせとお掃除するようにしています。これはやってみないとわからないですね^^本当にスッキリします。禅の修行ではお掃除(作務)も大切な修行となっていますが、それがよくわかります。今日も何とか、にっこり笑顔で始めることといたします!いつもありがとうございます^^

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。