美と何か。中原淳一の言葉より


いつからか、多くのことを「美しいかどうか」で判断することを目指すようになりました。
それは、いうなれば美意識といえばいいのかもしれません。
けれど、武士道というのは、結局のところ美意識です。
いかに生きるかを考えたときに、見苦しい生き方をしたいと思う人はいないでしょう。
美しく生きて死んでいきたいと願うのは生まれた以上あたりまえかもしれません。
それ以上に私は、美意識なき人生は、その人自身も周囲の人も不幸にして、ひいては社会をも悪くすると信じて疑いません。
ただ、昨今は、
「美とは何か」ということがわからなくなっているようです。
たとえば中原淳一は、こんなふうに述べています。

美しくあることに、決して憶することはありません。
それはあなたの誇りです。
それは「心のまこと」という意味です。
美しい心・・・美しい友情・・・。
そして、美しい服装とは、決して着飾ることでもなく、華やかな色彩をいうのでもありません。又、たくさんのお金をかけてのみ、出来るものでもありません。
それは、ほどよい調和の中に、あなたを生かすことです。

言葉を換えれば、あなたらしくあることです。

(『ひまわりみだしなみ手帖』中原淳一 平凡社)

日本人は、正しいか間違っているかよりも、いかに美しくあるかを判断基準にしてきました。
「何が正しいのか」は、立場が変われば変わり、また時代が変われってしまえば、いくらでも変わるものです。
もっとも、どんな時代でも、どのような立場であっても、「正しい」と判断できることがあります。
それを「正義」「誠」と呼ぶのでしょう。
ここに至ると、それは「美しい」ということになります。
単に「正しいか間違っているか」ではなく、
そこに「義」があり「誠」があって初めて、本物の美しさ、真の美、つまり未来永劫変わらない普遍的な美となるのではないでしょうか。

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